大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ラ)107号 決定

抗告人 明商事株式会社

右代表者代表取締役 酒井宏侑

右代理人弁護士 伊東正雄

相手方(移送申立人) 酒井孝夫

相手方(同) 酒井乕雄こと 酒井虎雄

相手方(同) 富塚保治

相手方(同) 郡山市

右代表者市長 高橋堯

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。相手方らの移送申立を却下する。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は、別紙記載のとおりである。

二  よって判断するに、

1  当裁判所も、本件を原裁判所で審理することは、相手方らにとって著しい損害となるばかりでなく、訴訟の著しい遅滞をきたすものであり、本件を福島地方裁判所郡山支部に移送することによって、右損害及び遅滞を避けることができると判断するものであって、その理由は、原決定の二の1、2及び5の説示のとおりであるから、ここに引用する。

2  抗告理由第四点は、(イ)原決定は、移送によって抗告人に生ずべき損害につき考慮を払っていない、(ロ)相手方酒井孝夫は、管轄について合意した以上、その管轄裁判所で審理を受けることによって生ずる損害を甘受すべきものである、と主張する。しかし、(イ)本件を郡山支部で審理することになれば、本件を原裁判所で審理する場合に比し、抗告人の出頭に必要な費用、時間などの点において、抗告人に不利となることがあることは、否定することができないが、前説示(原決定引用)の証拠調に関する観点からすると、右郡山支部で審理することは、相手方らにとってのみならず、抗告人にとっても、損害を避け得ることになるばかりでなく、本件記録によれば、本件訴訟の提起に先立ち、相手方酒井孝夫は、件外酒井宏侑及び抗告人を被告として、郡山支部に対し、本件係争地を含む不動産について所有権移転仮登記等抹消登記手続請求の訴を提起し、この訴訟は、郡山支部で審理されているが、右訴訟では、被告である抗告人に対し、抗告人が本件訴訟で本登記手続を求めている本件係争地に対する福島地方法務局郡山支局昭和四五年七月一一日受付第二〇二六二号停止条件付代物弁済契約の条件付所有権移転の仮登記の抹消登記手続が求められており、右訴訟は、本件訴訟と争点が同じであり、本件訴訟中登記手続請求に関する部分は、右訴訟と表裏の関係にあり、同一裁判所で審理することによって、当事者の負担が軽減されることは、明らかである。従って、抗告人の右主張は、原決定の判断を動かすに足りない。(ロ)本件においては、抗告人と相手方酒井孝夫間の合意が、専属的管轄の合意であると認めるに足る証拠がないこと後述のとおりであるから、所論は、採用することができない。

3  抗告理由第一点ないし第三点について

本件記録中の甲第七号証は、債務者件外酒井宏侑及び連帯保証人兼担保提供者相手方酒井孝夫が抗告人宛作成した金円借用抵当権設定契約証書であり、右証書中に、本件停止条件付代物弁済契約及び管轄の合意に関する記載があるところ、右甲第七号証の相手方酒井孝夫名下の印影が、同人の印章によって顕出されたことは、相手方らも争ってはいないから、右印影は、相手方酒井孝夫の印章によって顕出されたものと認めるのが相当であり、そうすると、反証のない限り、右印影は、同人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定すべく、ついで民事訴訟法三二六条により、右甲第七号証中、相手方酒井孝夫に関する部分は、真正に成立したものと推定すべきである。そして、現段階において、右事実上の推定をくつがえすに足る証拠はない。従って、原裁判所が、合意管轄が真正に成立したと認めることができないとした判断は、にわかに賛成することはできない。

しかし、甲第七号証によれば、右管轄の合意は、他の法定管轄裁判所を排除する趣旨の専属的管轄の合意であると解することはできず、他にも右のように解すべき証拠はない。そして、このような場合には、その合意された管轄裁判所で審理することが、合意当事者に著しい損害を生ぜしめる場合にもなお、右損害を避けるため他の管轄裁判所へ移送することを許さない趣旨のものと解することはできず、まして訴訟の遅滞を避けるという公益上の必要がある場合でも移送が許されないものとは、到底解することができない。

それ故、抗告人の前記主張は、結局、採用することができない。

三  よって本件抗告は失当としてこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 野﨑幸雄 浅野正樹)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例